はじめに|森に分け入り、静かに出会う “埼玉の巨木たち”
都心から少し足を伸ばすだけで、深い森が待っている
埼玉県というと、関東平野のイメージを持つ人も多いかもしれません。
しかし西部の山間部に目を向ければ、そこには苔むした森や渓流、そしてひっそりとたたずむ巨木たちが広がっています。
街から1〜2時間の距離で、樹齢数百年を超えるような木々に出会えるのは、埼玉ならではの魅力。
静かな山道を歩いたその先で、巨大な幹を見上げる――そんな体験は、日常を忘れさせてくれる力があります。
歩いてたどり着くからこそ、感じる“木の声”
この記事では、埼玉県内のトレッキングで出会える印象的な巨木スポットを5つ厳選しました。
標高のある山道から、渓谷沿いの遊歩道まで、初心者でも楽しめるコースを中心にご紹介します。
歩いて、感じて、ふと立ち止まる。そのとき、
森の奥でただ静かに生き続ける一本の木が、心に残る存在になるかもしれません。
三峯神社 奥宮参道の神代スギ(秩父市)|霊山に根を張る、圧巻の聖なるスギ

埼玉県屈指の霊山・三峯山(みつみねさん)を歩くトレッキングコースの中でも、ひときわ強い存在感を放つのが「神代スギ(じんだいすぎ)」です。
三峯神社の奥宮へと向かう参道の途中、まるで山の守護者のように、どっしりと構える一本に出会えます。
― アクセス
西武秩父駅からバス+三峯神社/奥宮参道は徒歩で往復約2〜3時間
― トレッキング難易度
★★★☆☆(本格的な山道・段差あり)
― おすすめポイント
信仰と自然が融合するスピリチュアルルート/苔むした杉林と巨木の神々しさ
山の気配をまとった、神域の巨木
神代スギの推定樹齢は800年以上、幹周は8mを超えるとされ、埼玉県内最大級のスギの一本です。
その表面には長年の風雪に耐えたしわと苔がびっしりと付き、触れるだけで静かな力が伝わってくるような存在感。
三峯神社自体が修験道や山岳信仰の聖地であり、この神代スギもまた「山の神とつながる象徴」として地元では崇められています。
歩いてこそ出会える、深山の空気
三峯神社の境内から奥宮へと向かう参道は、石段と岩場の混ざった登山道で、やや体力を要するルート。
しかし道中には清流や小さな祠、古木が次々と現れ、歩くだけで“山と対話している”ような気持ちになります。
神代スギはその中間点あたりにひっそりと立っており、静かに近づくと空気の温度すら変わるような感覚になるはずです。
巨木を「見る」ではなく「感じる」体験へ
この場所の魅力は、ただ木が大きいということではありません。
山全体の霊気と共鳴するように、巨木そのものが“信仰の存在”としてそこにあること。
自然と向き合い、山を敬う気持ちが少しだけ理解できる、そんな体験ができるスポットです。
登山としても達成感があり、自然と心を整える“歩くパワースポット”として訪れてみる価値は十分にあります。
越上山のコナラの大木(越生町)|低山トレイルに現れる、静かな守り木
関東百名山にも数えられる越上山(おがみやま)は、標高わずか566mながら、深い緑と静寂に包まれた低山トレイルとして知られています。
この山道の途中、コナラの大木が何本も立ち並ぶ静かなエリアがあり、特に一本、幹回りの太い巨木は目を引く存在です。
― アクセス
JR・東武線 越生駅からバスまたはタクシーで登山口へ/駐車場あり
― トレッキング難易度
★★☆☆☆(山道だが短時間/道標あり)
― おすすめポイント
低山とは思えない森の深さ/コナラの木漏れ日が美しい癒しの空間
コナラの巨木がつくる、静けさのトンネル
越上山の南側ルートを登っていくと、途中に広がるコナラ林の中で、ひときわ太く、根を力強く張った幹周約3m級の大木に出会えます。
コナラらしい優しい曲線を描く枝が空を覆い、木漏れ日と風の音に包まれるその場所は、“人の気配が消える瞬間”に出会えるような静けさがあります。
杉のような直線的な力強さではなく、やわらかく包み込むような存在感が、どこか里山的な親しみを感じさせてくれます。
初心者でも歩ける、のんびり低山ハイク
越上山の登山道は、距離が短くアップダウンも穏やかなため、登山初心者や軽ハイキングにぴったり。
道中には越生梅林や滝もあり、自然観察や季節の花を楽しむこともできます。
森に入ってしばらく歩くと、喧騒が一切届かない静寂が広がり、“自然の音”しかない世界に没入できる感覚が味わえます。
“特別ではないけれど忘れられない一本”に出会える
このコースの魅力は、「誰でも気軽に来られる山」に、こんなにも静かで印象的な巨木があること。
看板も名前もないけれど、歩いた人の記憶に強く残る――そんな一本と出会える場所です。
忙しない日々のなか、ただ木に会いに行くためだけの散歩。
そんな贅沢を味わいたい人にこそすすめたい、“等身大の巨木体験”がここにはあります。
堂平山・天文台ルートのブナ(ときがわ町)|星空に近い森で出会う巨木たち

堂平山(どうだいらやま)は、標高876mのなだらかな山で、頂上には天文台跡地があり「星を見る山」としても知られています。
そんなこの山の森の中、登山道を歩く途中に現れる複数のブナの大木たちが、静かな存在感を放っています。
― アクセス
東武東上線・小川町駅からバス+徒歩/駐車場あり
― トレッキング難易度
★★★☆☆(中距離・ゆるやかな登りあり)
― おすすめポイント
星空も楽しめる開放感ある山頂/中腹のブナ林はしっとりと幻想的
風に揺れる枝が、空と会話するように
堂平山のブナは、幹周こそ3〜4m級が多いものの、その伸びやかな樹形と白っぽい幹の美しさが際立つのが特徴です。
特に中腹に点在するブナの巨木は、森全体をふんわりと包み込むような雰囲気があり、木の下に立つとまるで山の呼吸に同調しているような不思議な感覚になります。
新緑の時期は爽やかな緑のシャワー、紅葉期は金色のトンネル。どの季節に歩いても、それぞれの美しさを見せてくれます。
森から星空まで、登るごとに景色が変わる
堂平山の登山道は、起点によって複数ありますが、どのルートも比較的なだらかで整備されています。
ゆっくりと歩きながら森を抜け、山頂にたどり着けば、天文台跡からのパノラマの景色と澄んだ空気に癒される時間が待っています。
昼間のハイクにもぴったりですが、キャンプやナイトハイクを楽しむ人にも人気のスポットです。
“星と木の間にいる感覚”が味わえる山
堂平山のブナたちは、ただ大きいというより、そこに立っている時間が心地よくなる存在です。
静かな森で見上げるブナの枝先が、青空や星空と溶け合う光景は、都会では得られない開放感と安心感を与えてくれます。
自然と科学、静けさと広がりが共存するこの山で、ぜひ一度、ブナの下に立ってみてください。
不動滝〜武甲山登山道のモミ巨木(横瀬町)|修験道の雰囲気が残る深山の一本

秩父の名峰・武甲山(ぶこうさん)は、その独特な山容と石灰岩の採掘跡で有名ですが、山の裏側には、まだ静かで手つかずの自然が残る登山道があります。
不動滝から登るルートの途中に、ひっそりと佇むモミの巨木が存在します。
― アクセス
西武秩父線・横瀬駅から徒歩 or タクシーで登山口/駐車場あり
― トレッキング難易度
★★★★☆(やや急登・沢筋あり)
― おすすめポイント
ひんやりとした沢沿いの森/知る人ぞ知る隠れ巨木スポット
うっそうとした森の中で、一本のモミが迎えてくれる
沢沿いの登山道を進んでいくと、石畳のような岩を越えた先に、幹周約4〜5m級のモミの大木が現れます。
幹は真っ直ぐに空へと伸び、太く堅牢。まるで“山の背骨”のようにそびえ立つ姿は、他の木とは一線を画す存在感です。
このルートは整備が行き届いていない箇所もあるため、静けさと野性味がしっかりと残る“本物の山道”です。巨木に出会った瞬間の感動もひとしお。
沢と森に癒される、ややハードめのトレッキング
滝や沢筋を抜けるこのルートは、登山初心者にはやや挑戦的ですが、整備されたメインルートとは違い、“森と対話するような時間”が流れる山道です。
標高差は約600m。じわじわと体力を奪われるタイプの登りですが、道中の水音と木々の静寂が背中を押してくれます。
「踏み入れた人だけが知る」巨木との出会い
このモミの木には名前も案内板もありません。
けれど、地元の登山者の間では密かに「この一本はすごい」と語り継がれており、知る人ぞ知る“秩父の深部”にある巨木です。
派手さはなくとも、自然の中に深く入り込んで出会うことで、自分だけの物語が刻まれるような一本になるかもしれません。
嵐山渓谷〜仙元山のカツラ(嵐山町)|渓流沿いにたたずむ、根回りが美しい一本

比企丘陵のなだらかな地形と清流が織りなす嵐山渓谷(らんざんけいこく)。このエリアを流れる槻川沿いの自然遊歩道では、優雅な枝ぶりと美しい根回りをもつカツラの大木に出会えます。山というより“森と川の散歩道”のようなコースで、手軽ながら巨木の感動が味わえる貴重なスポットです。
― アクセス
東武東上線・武蔵嵐山駅から徒歩約30分/駐車場あり
― トレッキング難易度
★☆☆☆☆(平坦・初心者向け/散策感覚)
― おすすめポイント
渓流の音と木の香りに癒される森歩き/カツラ特有の根回りの美しさ◎
根元から複数に分かれた、風格ある“森の泉源”
嵐山渓谷のカツラは、一本の幹ではなく複数の幹が根元から広がるように立ち上がる特有の樹形をしており、まるで森の水脈が集まった“泉源”のような雰囲気を持っています。
新緑の時期には葉の色が柔らかく、紅葉の時期には金色に染まるため、季節ごとに違った表情を見せてくれます。
その根元を包む苔や、周囲を流れる小川のせせらぎと相まって、森の静寂と癒しを象徴するような存在です。
遊歩道+展望で、気軽に“自然と出会う休日”を
嵐山渓谷から仙元山へと抜けるルートは、整備された遊歩道と軽い登山道が組み合わさったハイブリッド型。
体力に自信がない人でも、気持ちのよい森歩きを楽しめるコースです。
仙元山の展望台からは関東平野を見渡すこともでき、「低山+渓谷+巨木」すべてを一度に楽しめるバランスのよさが光ります。
“歩いて気づく巨木”が、身近にある贅沢
このカツラの巨木は、ガイドブックに大きく載っているわけではありません。
けれど実際に森を歩いて出会ったとき、その静かで優しい佇まいにハッとさせられるはずです。
“歩いて自然と出会う”というトレッキングの本質を、静かに教えてくれる一本。
日常の延長線上にある非日常として、気軽に“巨木と向き合える時間”を持ちたい人にぴったりの場所です。
よくある質問|巨木トレッキングを楽しむために知っておきたいこと
Q. 埼玉県にも巨木はたくさんあるんですか?
はい、特に秩父や奥武蔵などの山間部には、杉・モミ・ブナ・カツラなどの巨木が多く残されています。
標高のある山中にあるものから、嵐山渓谷のような低地の森にあるものまで、地形の多様性に富んでいるのが埼玉の特徴です。
Q. 登山初心者でも楽しめるルートはありますか?
もちろんあります。今回紹介している中でも、嵐山渓谷や越上山、堂平山などは登山というより“森歩き”に近い感覚で楽しめます。
道も整備されており、スニーカーでも対応できる場所も多いため、自然入門にもぴったりです。
Q. トレッキング時の服装や持ち物は?
動きやすい服装と、歩きやすい靴(スニーカーまたは軽登山靴)が基本です。
季節によっては冷え込むこともあるため、調節しやすいレイヤリング(重ね着)が理想です。
また、飲み物・虫よけ・軽食・スマホ(地図確認)なども忘れずに。
Q. 巨木の場所はわかりやすいですか?
ルートによって異なります。三峯神社の神代スギのように有名なものもあれば、越上山や仙元山のように標識がない“知る人ぞ知る巨木”もあります。
事前にルート情報や地図アプリを確認しながら歩くと安心です。
Q. 車でもアクセスできますか?
はい、今回紹介した場所の多くは駐車場のある登山口や公園に接続しており、車でのアクセスも可能です。
ただし、週末や紅葉シーズンは混雑が予想されるため、公共交通機関との併用や早朝の行動がおすすめです。
まとめ|静かな森で、木に出会うという贅沢
埼玉県の山々には、派手な観光地にはない、“深くて静かな自然”が今も息づいています。
その中に、何百年も変わらぬ姿でそこに立ち続ける巨木たちは、訪れた人の心に静かなインパクトを残す存在です。
今回ご紹介した5つのトレッキングルートは、どれも「歩いたからこそ出会える」場所ばかり。
看板も案内もない、だけど印象に残る一本。そんな木々との出会いが、日常にちょっとした余白を与えてくれるかもしれません。
都心から少し足を伸ばすだけで、大きな木と向き合う時間が手に入る――
自然と対話するようなトレッキング、次の休日に出かけてみませんか?