はじめに|東京郊外で出会う“生きた文化財”
巨木が持つ力と魅力
森の中で出会う一本の大木。その圧倒的な存在感に、思わず足を止めて見上げてしまうことはありませんか?
巨木は、ただ古い木というだけでなく、その地に長く根を張り、人の暮らしと共に歩んできた“生きた文化財”でもあります。樹齢何百年という時を超えて立ち続けるその姿は、静かに語りかけてくるような神秘的な力を持っています。
古くから信仰や伝説の対象として大切にされてきた木も多く、単なる自然観察を超えた深い体験を与えてくれる存在です。
都心から少し足を伸ばすだけで
「巨木に会う旅」と聞くと、遠方への長旅を想像するかもしれませんが、実は東京都内、しかも日帰り圏でアクセスできるスポットがいくつも存在します。
特に高尾山、奥多摩、御岳山、檜原村などは、自然豊かな環境が今なお残されており、標高も控えめで初心者でも安心して歩けるコースが多数あります。
また、巨木に出会える場所の多くは、整備された登山道や散策道が整っているため、トレッキングビギナーにとっても挑戦しやすいのが特徴です。
本記事ではいずれも初心者〜中級者向けのルートを選定していますので、「ちょっと自然の中でリフレッシュしたい」「非日常の風景に出会いたい」と思ったときにぴったりです。
高尾山(八王子市)|都心から最も近い巨木の聖地

高尾山は、京王線で都心から1時間足らずとアクセスが良く、年間を通じて多くの登山者が訪れる人気スポットです。そんな高尾山の表参道ルート(一号路)を歩いていくと、薬王院の手前にそびえる「天狗の腰掛杉」という見事な巨木に出会えます。推定樹齢は約700年。幹周は7mを超え、堂々とした姿で参拝者を見守り続けてきた歴史があります。
「天狗の腰掛杉」という名前の通り、昔から山の守り神・天狗が腰かけて休んだという伝説もあるほどで、杉の根元には不思議な存在感が漂います。ルート全体は舗装されており、登山初心者やハイキング目的の観光客にも歩きやすいコースです。
― アクセス
京王線「高尾山口駅」から徒歩5分で登山口。表参道(一号路)を徒歩約40分。
― トレッキング難易度
★★☆☆☆(舗装路中心・標高差あり)
― おすすめポイント
樹齢約700年の天狗の腰掛杉
参道沿いに立ち並ぶ大小の杉並木
途中で立ち寄れる薬王院や展望台も魅力
表参道に広がる杉の並木道
一号路は観光登山者の利用が最も多いルートで、森林浴をしながら緩やかな坂道を登っていく構成です。道中には複数の巨木が立ち並び、参道全体がまるで巨木のトンネルのような雰囲気を醸し出しています。特に天狗の腰掛杉の周辺は、スピリチュアルな空気が漂う名所としても知られています。
秋には紅葉と巨木のコントラストが美しく、春には新緑が瑞々しい表情を見せてくれるため、どの季節に訪れても自然の魅力を満喫できます。
高尾山ならではの“初心者フレンドリーな巨木体験”
高尾山は登山道が舗装されているため、スニーカーでも歩ける気軽さが大きな魅力です。さらに駅から登山口までの距離が短く、観光と自然散策を兼ねた日帰りプランにも最適です。
「登山はちょっとハードルが高い」と感じていた人でも、この場所なら“はじめての巨木トレッキング”にもぴったり。食事処やトイレも途中に点在しているので、安心して自然とのふれあいが楽しめます。
御岳山(青梅市)|信仰と自然が融合する古道
青梅市に位置する御岳山(みたけさん)は、標高929mの信仰の山。古くから修験道の霊山として親しまれ、現在も山頂の「武蔵御嶽神社」には多くの参拝者が訪れています。この参道の途中で出会えるのが、国の天然記念物に指定されている「神代ケヤキ」。推定樹齢1000年近いとされるこの巨木は、まさに御岳山の守り神ともいえる存在です。
幹回りは8.2m、高さ約30m。長い年月を経て複数の幹に分かれた独特の樹形が特徴で、力強さと優美さを兼ね備えています。山全体がスピリチュアルな空気に包まれており、巨木との出会いがより一層印象深いものになることでしょう。
― アクセス
JR青梅線「御嶽駅」から西東京バスで「滝本駅」下車、ケーブルカーで御岳山駅へ。参道を徒歩約30分。
― トレッキング難易度
★★★☆☆(石段多め、ゆるやかな登り)
― おすすめポイント
国指定天然記念物「神代ケヤキ」
宿坊や茶屋が点在する歴史ある参道
鳥居越しに広がる山の絶景
神代ケヤキと霊山の気配を感じる道
御岳山の参道は、古い石段と苔むした杉並木が続く風情ある道です。道中にある「神代ケヤキ」は、ひときわ存在感を放っており、立ち止まって見上げる人も少なくありません。木のそばには説明板も設置されており、その歴史や生態について知ることもできます。
また、周囲には樹齢数百年とみられる杉やモミの木も点在しており、まるで森林浴をしながら歴史に触れているような感覚を味わえるのが魅力です。
宿坊滞在も楽しめる“癒しの巨木旅”
御岳山では、昔ながらの宿坊が今も数多く営業しており、泊まりがけで訪れることも可能です。巨木の傍らでゆっくりと過ごす時間や、早朝の澄んだ空気の中で散策する体験は、日帰りでは味わえない特別な旅の思い出になります。
信仰の山に守られながら、静かに時を刻む神代ケヤキ。その姿に触れれば、自然と心が整っていくような感覚を覚えるはずです。
檜原都民の森(檜原村)|ブナとカエデの静寂ルート
東京都の最西端、檜原村に位置する「檜原都民の森」は、標高1000m前後の高原地帯に整備された森林公園です。登山者向けの本格的なルートから、初心者でも安心して歩ける遊歩道まで多彩なコースが揃い、首都圏とは思えないほどの原生林と静けさが広がっています。
なかでも注目したいのが「ブナの路」と呼ばれる周回トレイル。ここでは、樹齢100年以上と見られるブナやカエデの大木が多く残されており、四季折々の風景と共に落葉広葉樹ならではのやさしい森の風景が楽しめます。特に秋の紅葉と巨木の組み合わせは格別です。
― アクセス
JR五日市線「武蔵五日市駅」から西東京バスで約75分「都民の森」下車
― トレッキング難易度
★★☆☆☆(整備された道/標高差あり)
― おすすめポイント
ブナやカエデの巨木と四季の森
木道・階段が整備されており初心者も安心
野鳥観察や森林学習の場としても◎
やさしい広葉樹の森を歩く
高尾山や奥多摩の針葉樹林とは一味違い、ブナ林の広がる檜原都民の森は光がよく差し込む明るい雰囲気が特徴です。ブナやミズナラ、イタヤカエデといった落葉広葉樹が多く、春の新緑、夏の深い緑、秋の紅葉、そして冬の雪景色と、どの季節も豊かな表情を見せてくれます。
木道や階段が随所に整備されており、トレッキング初心者やファミリーにも歩きやすいルート構成になっています。
自然学習と森林浴のダブル体験
施設内にはビジターセンターもあり、巨木や森の生態系について学べる展示が充実。散策の前に立ち寄れば、巨木との出会いがさらに深いものになるはずです。
また、鳥のさえずりや沢の音を聞きながら歩くブナの道は、五感をリセットする森林浴ルートとしてもおすすめ。街の喧騒を離れて、木々の中で静かに過ごす時間を求める人にぴったりのスポットです。
日原鍾乳洞〜倉沢のヒノキ(奥多摩町)|神秘の洞窟と原生林の出会い
東京都内とは思えない原生の森が広がる奥多摩町・日原(にっぱら)エリア。中でも「日原鍾乳洞」は、その規模と幻想的な美しさで知られる観光スポットです。この鍾乳洞からさらに足を伸ばした先に、**東京都指定天然記念物「倉沢のヒノキ」**があります。
倉沢のヒノキは、樹齢約1000年、幹回り約8mとされる堂々たる巨木。急峻な山肌に力強く根を張る姿は、まさに**“森の守り神”**といった風格です。人里からも遠く、静かな林道を進んだ先で出会うため、他の巨木スポットとは一線を画す孤高の存在といえるでしょう。
― アクセス
JR青梅線「奥多摩駅」からバスで「東日原」下車、徒歩約40分で日原鍾乳洞。倉沢のヒノキへは車道をさらに30分ほど進んだ林道沿いに立地。
― トレッキング難易度
★★★☆☆(舗装路中心だが標高差あり)
― おすすめポイント
樹齢約1000年のヒノキ巨木
人里離れた静寂の空間
鍾乳洞探訪と組み合わせて楽しめる
日原の森が育んだ孤高のヒノキ
日原エリアは、奥多摩の中でも特に森林が深く、山岳信仰や修験道の舞台としても歴史がある地域です。その中で生き続ける倉沢のヒノキは、多くの登山者や研究者の注目を集めてきた貴重な存在。斜面に立つその姿は、風雪や地震にも耐え抜いた生命の力強さを感じさせます。
木の周囲には柵が設けられており、立ち入り禁止エリアもありますが、林道からでもその全容をしっかりと眺めることが可能です。
静けさと神秘が共存する奥多摩時間
日原鍾乳洞の探訪後に、静かな林道を歩いて巨木に出会うというコースは、まさに奥多摩らしい自然体験。観光地の賑わいを離れて、**“自然と対話するような時間”**を過ごすにはぴったりの場所です。
自動販売機や売店は少ないため、水分や軽食を持参するのが安心。また、途中で熊の目撃情報もある地域のため、単独行の場合は熊鈴や情報収集も忘れずに。
払沢の滝〜南郷の大杉(檜原村)|滝と巨木を巡る静かな時間
東京都で唯一「日本の滝百選」に選ばれている払沢の滝(ほっさわのたき)は、四季を通じて美しい風景が楽しめる檜原村の名所です。落差約60mの滝は迫力と清涼感を兼ね備え、夏には避暑地として、冬には凍結した氷瀑を目当てに訪れる人も少なくありません。
この払沢の滝の奥、林道をさらに歩いていくと、知る人ぞ知る巨木「南郷の大杉」に出会うことができます。観光案内にはあまり登場しませんが、樹齢は推定500年以上、幹周6m以上とされるこのスギは、滝の清涼感とは対照的に、静寂と威厳を感じさせる存在です。
― アクセス
JR五日市線「武蔵五日市駅」からバスで約30分「払沢の滝入口」下車、滝までは徒歩15分。南郷の大杉へはさらに徒歩20〜30分。
― トレッキング難易度
★★☆☆☆(舗装路+林道、一部未舗装)
― おすすめポイント
東京都内屈指の名瀑・払沢の滝
隠れた巨木スポット「南郷の大杉」
散策感覚で行ける初心者向けコース
滝からはじまる自然との対話
払沢の滝までは遊歩道が整備されており、スニーカーでも歩ける道のり。水辺の風景と緑に囲まれた散策は、子ども連れから年配の方まで幅広い層に人気があります。滝壺の前に立つと、水音が心を静めてくれるようで、日常のストレスを忘れさせてくれます。
その先の林道を進むと、観光客の姿はぐっと減り、鳥のさえずりと足音だけが響く空間へと変わります。その静けさの中に、南郷の大杉はひっそりと佇んでいます。
地元に守られ続ける“隠れた巨木”
南郷の大杉は、地元住民によって大切にされてきた存在で、正式な観光施設ではないため看板や案内板は多くありません。しかしその分、ありのままの自然に囲まれた巨木との出会いが待っています。
根元まで近づくことはできませんが、斜面からその全貌を眺めると、圧倒的なスケールと時の重みを感じることができるはずです。ちょっと足を延ばしてでも訪れる価値のある、東京の秘境的巨木スポットです。
番外編|伊豆大島・大島公園のタブノキ|島の自然に根づく静寂の巨木
東京の南約120km、伊豆諸島最大の島「伊豆大島」。火山島であるこの地には、三原山の噴火によって生まれた溶岩地帯や草原、原生林が広がり、都内とは思えないスケールの自然風景が残されています。そんな大島の中心部、都立大島公園の一角には、タブノキの巨木が静かに根を張っています。
常緑広葉樹のタブノキは、関東以西の温暖な地域に多く見られる樹種で、島の湿った気候にもよく適応。特にこの大島公園にある個体は、推定樹齢300年以上、幹周り5m近くにも達する巨木で、島民からも長く親しまれてきた存在です。
― アクセス
竹芝桟橋より高速ジェット船で1時間45分〜2時間。元町港または岡田港から大島公園まではバスで約15分。
― トレッキング難易度
★★★☆☆(園内散策路+丘陵エリア)
― おすすめポイント
樹齢300年以上とされるタブノキの大木
アカガシ、シイ、スダジイなどと共に形成される原生林
島のゆったりした時間の中で静かな自然体験
火山島の森に息づく巨木たち
大島公園は、動植物園や展望広場も併設された広大な自然公園ですが、注目すべきは園の南西部に広がる原生林エリア。ここでは火山地形の上に育まれた常緑広葉樹の森が広がり、なかでもひときわ存在感を放つのがタブノキの巨木です。
根元に近づくと、しっとりとした空気とともに、海からの風に揺れる葉音が心地よく響き、まさに“島の静寂”を感じる時間が流れます。
離島ならではの、ゆったりとした巨木トレッキング
本州の山林と異なり、大島の巨木スポットは急峻な登山よりも、なだらかな丘陵や自然園の散策が中心。そのためトレッキング初心者や体力に自信のない方にも無理なく楽しめるのが魅力です。
また、大島は都内から日帰りも可能ですが、1泊して夕陽や星空、火山地形などを満喫するのもおすすめ。火山と森と巨木が共存する独自の風景を求めて、少し足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。
行く前に知っておきたい!巨木トレッキングQ&A
Q. 巨木トレッキングには特別な装備が必要ですか?
特別な登山装備は必要ありませんが、歩きやすい靴(できればトレッキングシューズ)、リュック、飲み物、雨具や防寒具は用意しておくと安心です。舗装されたコースでも勾配があるため、スニーカーよりも登山向きの靴が望ましいです。
Q. 一人でも安心して歩けるコースはありますか?
高尾山や御岳山、払沢の滝は整備が行き届いており、単独でも安心して歩けるコースです。ただし、倉沢のヒノキのように人の少ないエリアでは、熊鈴の携行や事前の情報収集、携帯の電波状況の確認もしておきましょう。
Q. 巨木の近くまで行って触れることはできますか?
高尾山の天狗の腰掛杉や御岳山の神代ケヤキは比較的近くで観察できますが、倉沢のヒノキや南郷の大杉などは保護のために立ち入り制限があります。現地の看板やロープなどの案内に従い、樹木を傷つけないよう配慮しましょう。
Q. 季節ごとのおすすめはありますか?
春の新緑、夏の深緑、秋の紅葉が特におすすめです。落葉広葉樹のブナやカエデが多いエリアでは紅葉の美しさが格別で、巨木とのコントラストも楽しめます。冬季は凍結や積雪の可能性があるため注意が必要です。
Q. 離島の伊豆大島は初心者でも楽しめますか?
大島公園内のタブノキは園内散策で訪れられるため、初心者でも安心して楽しめます。船の発着時間に注意し、できれば1泊でゆったり滞在するのがおすすめです。島内にはバスが運行しているので移動もスムーズです。
まとめ|静かな巨木の森で、自分を整える時間を
高尾山の杉並木、御岳山の神代ケヤキ、檜原都民の森のブナ、奥多摩の倉沢ヒノキ、払沢の滝の奥に佇む南郷の大杉、そして伊豆大島に根を張るタブノキの巨木。
今回ご紹介したルートはいずれも、日帰りや1泊で気軽に行ける範囲にありながら、“長い時を超えて生き続ける木々と出会える場所”です。
登山のような厳しさや派手さはありませんが、ゆっくり歩きながら森の空気に包まれることで、自然と呼吸が深くなり、気持ちがリセットされるような感覚を味わえるのが巨木トレッキングの魅力です。
自然に触れたいけれど、どこに行けばいいか分からない――
そんなときは、まず一本の木を目的地にする旅を選んでみてください。
あなたの歩く道の先に、静かに立ち尽くす“森の主”が、きっと待っています。